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【2002年度春合宿】2003.05/20up
2002GW Yala Peak climbing 報告
登山計画書 Ver2.1
2002GW Yala Peak山行(森羅春合宿A隊)
計画
目的の山:ネパールヒマラヤ・ランタン山群 ヤラ・ピーク (5520m) 登山期間:2002年 4月28日(日)〜5月03日(金) ※6日間 全行程:2002.04/26〜05/06 ※10日間 予定ルート:ヤラカルカより山頂ピストン 参加隊員:15名 ※下記隊員名簿参照
目的
1.森羅内での海外経験とそのノウハウの修得
2.困難な山行でのチームワークの形成
3.ヤラピークの全員登頂
結果
ヤラピーク登頂10名(5名は高山病の為断念)
[Yala行程報告]※下記
[各担当報告]
登擧(菅野) / 装備(白土) / 医療(鈴木) / 記録(村山) / 食糧(渡邊) / 会計(人見) / CL(川名)
[各隊員印象記]
川名 / 菅野 / 冨田 / 人見 / 白土 / 村松 / 柴山 / 鈴木 / 高橋 / 黛 / 戸沢 / 張 / 藤井 / 高橋 / 村山
[行程報告]
※コースタイム、各隊員のSpO2等のデータは記録係からのupとする。
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27.Apr 出国
JAPAN BY AIR NRT---[JL731]--->> HKG ---[RA410]---->> KATHMANDU
成田空港NRT[JL731](10:00)-------->>香港HKG(13:30)
香港HKG[RA410](17:05)-------->>カトマンズKTM(19:50)
空港→ホテル送迎車(11名乗車)→ホテル(20:45)
→エージェント車(川名、菅野、冨田、人見)→事務所にて打合せ、
倉庫にて装備確認→ホテル(20:45) →ホテルロビーにて打ち合わせ※登山料金の支払い with コーヒー
カトマンドゥ(泊)
結局前夜は寝ずに自宅を出発。JR横須賀駅にて菅野と合流。成田空港にて全員合流。清水が見送りに来ていた。昨年のマッターホルン時のお守りを預かる。預け荷物は規定重量内で収まる。香港経由、カトマンズ着。空港は前回よりも静か。タメルの町も20時頃であるのに静か。途中、2回ほど、自動小銃を持つ兵隊の検問があった。出迎えのナビンさんと倉庫にて装備の確認。倉庫には今回のサーダーであるタシさんが待っていた。カトマンドゥから持参する装備は、フィックスロープ200m、スノーバー10本、スクリューハーケン7本、ガスボンベ10個、非常用のガモフバック、酸素ボンベ2本となる。ホテルにて、ナビンさんと登山費用の精算。ホテルにて夕食の予定であったが、全員お腹が減っていないとの事で、紅茶のみ飲んで解散となる。
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28.Apr ランタン入り
カトマンドゥ(チャーターヘリ)→ゴラタベラ3020m 〜ランタン村3541m(泊)
天候:晴れ、13:00過ぎより曇り(時々晴れ)夕方小雨
(05:30)ポータに持ってもらう荷物を部屋の前に出す
(06:00-06:45) 朝食 (07:00) ロビー集合 (07:15-07:25) エージェントのバスでカトマンドゥ空港へ向かう
(08:15-08:45) 第一陣 空港(チャーターヘリ)→ゴラタベラ3020m
(08:55-09:20) 第二陣 空港(チャーターヘリ)→ゴラタベラ3020m
(09:38) ゴラタベラロッジ着 外に用意されたイス&テーブルで休憩、周囲散策
(11:05-11:30) 昼食 ラーメン、ナン?、ジャガイモ,春雨,トマトのカレー風味 サバ煮缶(味は洋風)、サラダ、バナナ
trekking -------------------------------------------------------
[12:00-12:30] ゴラタベラ3020m発〜(休)
[12:36-13:15] 急登を経てHOTEL BUDOHA(3,167m)(休)
[13:35-15:00] EVER VIEW POINT HOTEL(3,402m)(休)
[15:37-16:10] ランタン村テント着(3,425m→3541m??) ※標高はおおよそ
(16:10-16:45) お茶(休憩)
[16:45-17:15] 高地順応トレーニング 近郊の丘(3,531m)SpO2値測定
[17:45-18:00] テント着
trekking -------------------------------------------------------
(18:20) リーダーミーティング
(18:35) 夕食(食堂テント、イス+机つき)
ベジタブルカレー、モモ+トマトソース、ナスの甘辛煮 ねばねば(山芋?オクラ?醤油味でご飯にぴっったり) ポタージュ風スープ+浮き身にするパリパリのナン、パイナップルの缶詰
朝、ロールワリンの送迎で空港に向かう。積載荷物の重量チェックなど、通常の国内便と同じような手続を経て、ヘリに乗る。約20分のフライトでゴラタベラ着。ヘリは陸軍のヘリポートに着陸し、少し戻ったゴラタベラのロッジにて昼食となる。今回のヘリは私たち森羅以外に2グループ(日本人)が使用したため、ゴラタベラは日本人だらけとなる。1グループはアルパインツアーのヤラピーク登頂隊、もう一つは、貫田宗男氏率いる明治学院OBランタントレッキング隊、2グループ共に、本日はゴラタベラ泊と言うことで、我らだけが先行となる。 昼食後、ランタン村に向かいトレッキング開始。天候は、午前中良かったが、徐々に雲が出てきて、ランタン村に到着した時点では細かなみぞれが降り出す。荷物をテント内にまとめ、近くの丘まで散歩に出かける。帰りは雪となる。テントは、我らが持参した3張りでは少ないと、タシさんがプラス4張を用意してくれ、結果2名定員のゆったりとしたテント割となる。いつもはエスパースに4名、ダンロップに7名で寝ていると言うが信じてくれない。
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29.Apr 移動
ランタン村3541m〜ギャンジンゴンパ3890m(泊) ☆プシンラ4200m高度順応
天候:曇り、時々小雨、ギャンジンゴンパでは夕方から雪+あられ
(06:00) モーニングティー+たらいにお湯 (06:30) 朝食 おかゆ、トースト、ゆで卵
trekking -------------------------------------------------------
[07:40-12:15] ランタン村 3541m 〜ギャンジンゴンバ 3890m 途中以下の休憩
(08:25 ロッジ、08:47、09:50 広い所 11:05 3,657m位)
(12:30) 昼食(ロッジ内にて) うどん、野菜の天ぷら、ソーセージ、ミカン
[13:37-15:40] ギャンジンゴンバ〜プ・シンラ山頂 途中3回休憩(13:55、14:40、15:20)
[16:05-16:55] プ・シンラ山頂〜ギャンジンゴンバ
trekking -------------------------------------------------------
(18:00) リーダーミーティング
(19:10) 夕食(ロッジ内にて) ポップコーン、味噌汁、ころっけ+生野菜の付け合わせ ねばねば+ご飯、ピーマン煮、大根と人参の浅漬け風 おでん、フルーツケーキ
朝から曇り空。歩き出してすぐにミゾレが降り出す最悪の天気となる。山も殆ど見えない。途中、下山中のヤラピーク登頂のアルパインツアーの団体に会う。今年のランタンは天候が不順で、悪天候の合間をぬって何とか登れたとの事。ギャンジンゴンパ到着、遅い昼食を取り、本日中にプシンラ(4200m)の往復となる。天候悪く、景色は殆ど見られなかった。下山中、本格的な雪となり、帰り着いたギャンジンゴンパは一面の雪景色となる。
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30.Apr 高度順応
ギャンジンゴンパ〜ヤラカルカAC4700m(泊)
天候:晴天
(06:00) モーニングティー+たらいにお湯 (07:00) 朝食 おかゆ、トースト、ホットケーキ、スクランブルエッグ、つけもの
trekking -------------------------------------------------------
[08:05-11:35] ギャンジンゴンパ3890m〜4349mのカルカ 途中以下の休憩(09:32 、10:48)
(12:00) 昼食(地面にシートを広げて、目の前は雄大な山、山、・・・。) メニュー????
[13:05-16:30] 4349mのカルカ〜ヤラカルカAC4750m 途中以下の休憩(13:28 、13:50、14:33、15:15)
※川名、菅野、白土の3名は隊と別れて先行した。
3回めの休憩時、現地スタッフよりジュース、にんにくスープ の差し入れあり。強力&美味!!
(16:30-17:30) お茶(休憩)
[17:30-18:00] 高地順応の為、近くの高台まで歩く
trekking -------------------------------------------------------
(18:00) リーダーミーティング
(19:00) 夕食(食堂テント、地面にシートをひいて) メニュー????
ダンロップテントにて付き添い 高山病の隊員の看護
(20:00-22:00) 冨田
(22:00- 0:00) 川名 〜以降タシさん合流
( 0:00- 2:00) 菅野
( 2:00- 4:30) 白土
( 4:00- 6:30) 村松
本日快晴。タシさんのアドバイスにより、天候は2日しか持たないであろうとの事と、全員の調子が良い事もあり、ギャンジンゴンパでの連泊を止めてヤラカルカへ向かう。ツェルゴリ(4984m)の山腹を右に巻くように長い水平道が続く。前方には、ガンチェンポの美しいヒマラヤヒダが見え、後ろを振り返るとランタンリルンのどっしりとした姿が見える。 途中、川名・菅野・白土の3名にて先行し、本隊より1時間半早くヤラカルカBC(4700m)着。しばらく休み、ルート偵察に向かう。地図にない様な尾根、又は地図が間違っているのか、非常に複雑な地形が続き、何度地図を見ても良く分からない。BCより150mほど高度を上げ、大岩の上に乗ってヤラピークを眺めていると、本隊が登ってくるのが見えた。下山し合流。 風邪気味の黛、そして柴山・鈴木の調子が悪い。全員、夕食前に周辺散策をして、体を高所に慣らす様に言うが、調子の悪い者はあまり高く登らないように指示する。夕方のSpO2測定にて、黛・柴山・鈴木・藤井の4名がそれぞれ50台(SpO2)と低かった為、ダンロップテントにて集中管理とし、2時間毎にSpO2測定をする事に決定。また、Lミーティングにて、2時間毎の測定担当者を決定。 (20時→冨田、22時→川名、00時→菅野、02時→白土、04時→村松) 柴山は最初から食事も取らず、黛、鈴木は食事テントから夕食を食べずに戻る。
[夜] テントに戻り、私の担当時間22時に目覚ましを合わせていたら、冨田がテントに来る。黛のSpO2数値が46まで下がったとの事。至急サーダーのタシさんへ報告し、酸素吸入のお願いをする。測定のみで各自テントへ帰る予定でいたが、この時点で2時間付き添いとし、22時まで冨田にお願いする。私もテントへ帰り、少しでも寝ようと心がけるが心配でなかなか眠れない。そうこうしている内に22時となる。22時、冨田と交代。酸素吸入により、黛のSpO2は70台まで回復し安定していた。他の3名は今のところ50台から60台で安定。黛のみ、15分毎に測定。交代時間である00時近くになり、柴山の数値が40台となる。再度タシさんを呼び、柴山の酸素吸入を開始。この時点で、タシさんはダンロップテントで夜を明かす事に決定。渡邊が頭痛がひどく眠れないとの事でダンロップテントに来る。渡邊もダンロップテントで寝る事に決定。00時半、川名就寝。但しやはり眠れない。菅野担当の00〜02時、白土担当の02〜04時にて、藤井がSpO2数値30台となる。その時点で、黛の酸素吸入を藤井にチェンジ。また渡邊の数値も40台に下がり、酸素吸入開始。この時点で計4名が酸素吸入となる。SpO2数値は、寝てしまい呼吸が浅くなると低下するので、全員寝かせない様に話をしていた。私は隣のテントの話声を聞きながら、いつの間にか寝てしまったが、菅野と白土は殆ど眠れなかった様であった。私自身も朝方、疲労の為か寒気が止まらず、微熱もあり、薬をもらう。
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01.May 移動・高度順応
☆ツェルゴリ高度順応 天候:晴天、後曇り、15:00過ぎより雪
(06:20) モーニングティー+たらいにお湯 (07:00) 朝食 メニュー????
(08:00-9:30) リーダーミーティング
(11:00) 全体ミーティング、記念写真
trekking -------------------------------------------------------
川名、菅野、冨田、人見、村松、鈴木、白土、戸沢、張、高橋、村山
[11:45-14:??] 高度順応(4,845m) 途中以下の休憩 (12:00、12:30、13:10、13:45)
柴山、渡邊、黛、藤井 [ - ] ヤラカルカ〜ギャンジンゴンバ
trekking ------------------------------------------------------- trekking
(17:00) 夕食 メニュー???? 本日は、調子の悪い5名(黛、柴山、藤井、渡邊、鈴木)及び付き添いをした者たちの体調が悪いので、出発(行動)を大幅の遅らす。午前のLミーティングにて、酸素吸入を実施した4名(黛、柴山、藤井、渡邊)の下山を決定。理由は、2日続けての付き添いは体力的にも無理なことと、今夜もこの高度に滞在させた場合、さらに悪化する可能性が否定できず、最悪の事態も十分に考えられるからであった。鈴木に関しては、最低数値が昨日夕食前の50台であり、その後は酸素吸入も無く60台以上で安定している事から、大丈夫であろうと判断した。また、5名以外で、人見の調子も悪かったが、しばらく様子を見ようという事になる。私にとっては、4名に下山勧告をする時間が一番つらかった。
11時過ぎ、お昼過ぎに下山する4名に見送られながら、ツェルゴリへの高度順応に出発する。途中、やはり調子の悪い人見が4800m地点で引き返す。ツェルゴリは、頂上付近がなだらかで、いくつものピークがあるが、最高峰を前にして、手前のピークにて引き返す。私の体調も最悪で、昨晩殆ど寝ていない菅野・白土の両名もふらふらの状態であったため、大事を取った。最高高度は4900m程度。 今夜は人見をダンロップテントに寝かせ、数時間おきの測定とする。測定は村松とし、何かあった場合のサポートに高橋、村山の2名を置く。リーダー陣は明日に備えて寝かせてもらう事とした。 [夜] 人見のSpO2数値が30台となる。酸素吸入開始。この時点でただ1人酸素ボンベを使用できるタシさんは、明日の登頂メンバーに加わらず、人見に付き添う事となる。
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02.May ヤラピーク登頂
ヤラカルカAC〜★ヤラピーク(5520m)登頂〜ヤラカルカAC〜ギャンジンゴンパ(泊)
天候 :晴天、夕方より雪 最低気温:-6℃
(02:00) モーニングティー
(02:30) 朝食
登頂 -------------------------------------------------
[03:40-10:00] ヤラカルカ〜ヤラピーク山頂
[10:00-11:00] ヤラピーク山頂
[11:00-14:00] 移動後のテン場 お茶、荷物整理
[15:12-18:00] テン場〜ギャンジンゴンバ
trekking ----------------------------------------------
(18:00-19:10) リーダミーティング、休憩
(19:15) 夕食 メニュー????
2時起床。3時朝食で3時40分出発となる。天候は薄曇り。登頂メンバーは森羅10名とクライミングシェルパ3名の計13名となる。人見は登頂隊には加わらず、日が昇り暖かくなった時点で下山とする。 気温マイナス8度。寒い。しばらく登ると薄雲が取れ、満天の星空が広がった。シルエットで浮かぶヤラピークの上にカシオペアが登る。風は無い。だらだらの尾根を登り終え、雪田に出たところで、村山がもう登れないのでここで下ると言い出す。へたり込む村山をみんなが励まして立たせる。星空に白く光るランタンリルンが見事だ。その見事なランタンリルンを写真に納めたいのに、よりによってその方向で冨田が大キジを打ち出す。山が見たいのに余分なモノまで見えてしまうので、写真撮影を諦める。段々と夜が明けだした。
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ヤラピークへのルート
2回目の休憩の時、ランタンリルンの山頂が光り出す。全天快晴。深い深い藍色の中に、オレンジ色のピークが光る。何度見ても山の夜明けは荘厳で感動的だが、これから登る5500メートルを考えると、より感激が増す。高度の為か、高揚か、胸がドキドキする。 手前の尾根上にある最初のピークを越え、いよいよヤラへの登りにかかる。朝日は完全に登り切った。2年前に登ったランシサ・リが目の前に現れ、久しぶりの再開に思わずジンとなる。通常、ここからは左の氷河ルートを登るが、積雪が多いとの事で、右の岩稜帯を登る事になる。急な雪の斜面をトラバースし3級下程度のピッチを登り岩稜帯上部に上がり、しばらく登ると氷河上部。最後の急斜面となる。但し一番急な部分は5〜60メートル程度。フックスロープを張る。ここにてアイゼン装着。
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山頂
急斜面を登り終え、しばらく緩い尾根上を登り、最後の急斜、約5〜60メートルにフックスロープを張る。フックス設営はすべてシェルパが行い、我々はそれを使用するだけだ。しかしいずれも、フックスが無くても登れる程度の斜面であり、容易であった。これならば、技術的にはゴールデンウィークの穂高での一般ルートの方が難易度が高い。 最後のフィックスを登り終え、ピークの肩に到着。ヤラピークの山頂まであと数十メートルとなった地点で、突然シェルパがここまでで終了と言い出す。確かにナイフリッジであり、今までのルートと比べれば厳しそうであったが、全く登れないという雰囲気では無い。しかし危険であるのでこれ以上は駄目だとの事。時間的な事もあり、では3名のみで登ると提案し、私、菅野・白土の3名でシェルパの指示も無視し、かなり強引に、手早くザイル等の支度をし出す。仕方なくシェルパも1名登ると言う。途中まで菅野がリードして、それ以降はノーザイルでピーク到着。下山のタイムリミット10時を過ぎていたので、手早く写真撮影等をしてみんなが待つ肩へ戻る。
後1時間早く到着していたら、何が何でも全員山頂まで登らせたのにと少し残念であった。全員登る為には、やはりここだけはフックスが必要であり、そうなると往復で2時間は要したであろう。シェルパを頼まず、自分たちだけで登っていれば、下部のフックスなども張らずに来て、時間的には早くここまで到着し、全員で登れたのではないか……というのは、結果を知ってからこその考えだろうか……。 肩にて全員で記念撮影の後、下山開始。すでに沢山の雲がわき出してきた。シェルパが、フィックスにはあまり頼らずに、後ろ向きで降りる様に指示するが、私と菅野はビレーも取らずそのまま前向きで下る。早く下山したいのだから、もっとスピーディにできないものか。彼らは勿論安全第一に考えての事であろうが、一様全員冬山も経験していて雪上トレーニング等もこなしているメンバーなのだから、そこまで慎重になる必要は無いと思う。登りの岩場も、シングルで懸垂下降をさせていたので、ダブルで2人ずつ下れるように提案した。今回のシェルパは、現地での経験は多いのであろうが、その殆どはザイルの結び方も知らない山登り初心者を連れて行くだけであり、森羅のリーダー陣の方が登山技術全般は高いと思う。 途中からガスが出て来る。長い雪稜を下り雪が消える辺りにタシさんが出迎えてくれた。BCまであと下り30分程度の場所であったが、暖かいジュースの差し入れがあり、全員ホッとする。
予定の下山時刻15時よりも1時間早くBC到着。残りの行動食を食べ、荷物を整理して15時に下山開始。長い長い下りに入る。
結果、ギャンジンゴンパまでの行程3時間の内、1回のみの休憩で歩き通し、18時に到着。途中、ギャンジンゴンパの入口で柴山・藤井両名の出迎えを受ける。元気そうでホッとした。 [夜] ロッジでの夕食は皆疲れている為か食欲が無かった。もう眠くてしょうがなかったが、食後、シェルパ達が登頂祝いのパーティを開いてくれると言うので、我慢して起きていた。やがて、待ちに待ったパーティの開始。森羅の文字をデコレーションしたケーキ。タシさんからの差し入れであるロキシー(お酒)が振る舞われる。歌好き、踊り好きのシェルパ達の歌や踊りが続き、森羅のメンバーも段々とテンションが上がってくる。やがてみんなも踊りの輪に入り、一段と賑やかになる。と、もう一つのケーキが到着。本日(5/02)誕生日である冨田のバースディケーキだ。こんなにすばらしい誕生日は他に無いだろう。ネパールの歌そして日本の歌、交互に歌い合う歌合戦は、どうやら日本(森羅)の完敗に終わる。もっと全員で歌える歌を練習しなければと堅く誓う。最後に、全員が輪になって踊りながら歌うレッサンフィリリーは、テントに戻ってからも頭の中に響いていた。 途中、ロッジの他の泊まり客が、騒がしくて眠れないと苦情に降りてきたが、ロッジの主人曰く、「シェルパ達がやっている事に私たちは口を出せない」との事。宴は夜の11時過ぎまで続き、疲れた体と酔いと登り終えた(行程が終了した)安堵感で、あっと言う間に夢の中であった。
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03.May カトマンドゥ帰路
ギャンジンゴンパ(チャーターヘリ)→カトマンドゥ(泊)
天候:晴天、カトマンドゥでは晴れ、後曇り時々雨
(06:00) モーニングティー+たらいにお湯
(06:30) 朝食 メニュー????
(07:00-10:30) ギャンジンゴンパ(チャーターヘリ)→カトマンドゥ→ホテル
(12:30) ホテルロビー
(13:00) 古都昼食、買い物
(16:40) ホテル着
(17:00) ホテルロビー集合、モモを食べに。買い物。
(20:00) ホテル着
快晴。6時半朝食との事であったが、朝食が始まったのは7時過ぎであった。 ヘリがカトマンドゥを立つのが7時と聞いていたので、少々慌てたし、実際に支度をしている最中に頭上にヘリの音が聞こえてきたので早足でヘリポート地点まで向かったが、何のことはない私たちよりも先に乗る別のパーティがいたり、物資輸送をしていたりして結局第1便が飛んだのはそれから1時間半。2便の私たちがカトマンドゥに到着したのは2時間以上後であった。カトマンドゥに降り立ったとたん、ムッと暑かった。2000メートル以上の高度差で当たり前なのだが、ああ、帰って来ちゃったんだなぁという感覚が寂しい。 ホテルで各自部屋に入り、2時間ほど休憩を取った後、全員でロールワリンの事務所に挨拶に出向く。15名の日本人の列は、タメルではかなり目立つ。事務所にて酸素ボンベ等の使用料を支払い、タシさんが待つ倉庫に向かう。その後近くのスーパーでおみやげを買ったりして過ごす。夜は少し早めに、タメルにあるモモ屋(ギリンチェ)にて全員で夕食。その後タメル観光をする。夜は疲れている為か、全員私の誘いには乗らず、早々と寝てしまった。
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04.May 予備日 ※カトマンドゥ観光 カトマンドゥ(泊)
天候:晴れ、時々曇り 各自自由行動(観光、買い物など)
(18:00) ホテルレストランにてタシさんを招待してパーティー
本日は全員自由行動とし、各自カトマンドゥ観光に走った。 ちなみに私の行動は、 ホテル→(タクシーRs70)→ボダナート→(タクシーRs30)→バシュバテナート →(タクシーRs80)→日本大使館〜"菊"日本料理店〜(徒歩)〜ロールワリン事務所 〜(徒歩)〜タメル〜(徒歩)〜スワンヤンブナート〜(徒歩)〜ダルバール広場→(リクシャーRs20)→ホテル 夜、サーダーのタシさんも招き、16名にてギャコックパーティ(打上げ)をする。料理は食べきれず、残してしまったのが残念であった。隣のギリシャ人グループがうるさかったが、昨晩の自分たちを考えれば仕方がない事か。ホテル前で記念写真の後、今夜一足早く帰る張さんを全員で見送りお開きとなる。いよいよ、ネパール滞在も後一晩となる。
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05.May 帰国
KATHMANDU BY AIR KTM---[IC814]--->> DEL ---[JL472]---->> JAPAN
カトマンズKTM[IC814](13:50)--->>デリーDEL(15:10) デリーDEL[JL472](21:05)-------->>Japan
午前中、タメルで買い物。朝、まだお店が開いていない時間にインターネットカフェに入る。国内隊も無事の様で一安心だ。結果、集合時間ギリギリにホテル帰着。手早く梱包を済ませ、送迎バスに乗る。 見送りはタシさんと、プハラジャさん。プハラジャさんは日本語が上手で、実は今回の段取り、日本からのメールのやり取り(質問の返事など)はすべてプハラジャさんがしてくれていたそうだ。 タシさんと最後の握手をして空港へ入る。荷物検査の後チェックイン。待合室で、今回の航空券の手配をしてくれた亀田さん(ATS)に会う。一足早いバンコック経由便に乗るそうだ。このタイ航空の飛行機には、タイ経由で米国へ向かうネパールのデウワ首相が乗るとの事で、厳しい警備がひかれていた。私も待合室から、白バイに先導された黒塗りの高級車が滑走路を走る姿を見た。 厳しいセキュリティーチェックとプラス元々の国民性からか、出発は2時間近く遅れて、我々の乗るIA(インディアン航空)も出発した。機内で出たカリーはとてもおいしかったが、降りる時見た機内のゴミの散らかし様にはビックリ。しかしデリーはムッとする暑さ。なんと気温42度との事。さすがインド。 デリー空港では、危うくビザが必要なカウンターに並びそうになったが、 昨日のインターネットカフェで知り合い、また空港で出会って同じ飛行機に乗った(しかも私の前の席でまた機内で色々と話しかけられた)日本語通訳をしているというインド人青年、ギリさんにヒンディー語で係員に聞いてもらったおかげで、カウンターには並ばずに"乗継ぎ係"の人についていくと言うことが分かり事なきを得る。 JALへの待ち時間は冨田がネパールで買った"トラと羊"のゲームで時間を潰した。 怖い顔で人をにらむインド人警備員の厳しいセキュリティーチェックを通り、JALの機内着。やっとこれで日本に帰れる気分になる。例によってまずいそばを食べ、帰国気分を味わいながら、ウトウトと眠り、気がつくと現在地表示のデスプレィは九州上空を示していた。
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06.May 帰国
BY AIR [JL472]--->>NRT ------>>成田空港NRT(08:30)
成田空港到着。日本は寒い。デリーから調子が悪くなった村松と柴山、微熱がある戸沢の計3名が検疫ルーム経由となる。全員合流後、無事荷物を受け取り出る。到着出口では、ゴールデンウィーク最終日という事でか、各局のテレビカメラが数台こちらを撮っていた。後で、菅野がテレビに映っていたとの菅野の同僚から報告があったとのこと。と言うことは我々全員がテレビの被写体になっていた様だ。また、渡邊は、直接マイクを向けられて、インタビューを受ける。かなりビビッていた様で、何とも可愛らしい声で答えていたが、いつもの渡邊らしくなく、笑ってしまった。調子の悪い柴山の為、近くの駐車場に停めてあった冨田車を空港まで来させ乗車。残り組みはバス組とJR組に別れ、全員解散となった。
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以上、行程報告 (川名)
森羅・海外登山委員会
発足: 2001/04/22〜 (準備委員会発足は2000/12/14〜)
メンバー:森羅L会員(10名)+ Yara Peak 参加者(10名)
文責:川名@森羅001
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