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【会山行報告】1999.12/31up
[北ア・涸沢] 5月会山行
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場所:北アルプス・涸沢まで
参加者:川名、菅野、中山、清水、村田、本田、計6名
行程: 4/30(金)夜立・松本(泊)
5/01(土)上高地〜横尾(泊)
5/02(日)横尾〜涸沢(泊)
5/03(月)涸沢〜横尾〜上高地→帰路
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森羅に入会して2ヶ月。この涸沢が、初めての大規模な会山行でした。
そして、私にとって、一生思い出に残る大切な山行でもあります。
1.前夜
『残雪の穂高に行ける!』匡さんから、この話を聞いたとき、正直を言うと嬉しさ半分、不安半分でした。雪の積もる山といっても、北八ヶ岳とか奥武蔵とか、スノーハイキングの域をぬけなかった私にとって、まず、12本も爪のあるアイゼンを履くなどということがまったく別の世界のお話でした。しかもずっとつるはしだと思いこんでいたピッケルを、実際に使うことになるなんてっ!! 当初、どうしても仕事の都合がつかず、『会社辞めちゃおうか』と本気で考えたくらい、すごくすごく行きたかった北アルプス。願いが天に届いたのか、仕事を他の人とかわってもらうことが出来ました。 新宿発23:56、急行アルプス。ゆうちゃんさんと、でんさんは、列車に乗る前からもう飲んでいて、すでにご機嫌でした。(後で知ったことですが、ゆうちゃんさんは、飲んでいなくても、いつでもご機嫌らしいです。)今回は、引っ越しの為に参加できないという金ちゃんさんに見送られて、いざ出発!! でかいザックを携えたヤマヤでごったがえす車内は、なんとも旅情に満ちていて、私好み。 ついついビールの飲み方も豪快になってしまうのでした。 しこたま飲んで、しばし眠りに就きました。
2.初日
目覚めると、列車は松本のふたつ手前まで来ていました。 そそくさと靴を履きなおし、はやる気持ちを抑えます。 もっと寒いかと思っていたら、そうでもなく、松本の空は澄んでいました。 匡さん、カンスケさん、かぼちゃんさんとは、ここでおちあいました。塩尻に住んでいるというかぼちゃんとは、今日が初めて。ホームページに出ていた顔とはちょっと違っていましたが、話していると、とても素朴なよい人だと判りました。 上高地へは、新島々からバスで1時間30分くらい。移り変わる景色を楽しもうなどと、こじゃれたことを考えていたけれど、そんな私が、一番爆睡していました。
バスを降り、腹ごしらえと荷ごしらえをして、いざ出発!徳沢までは、みんなでおしゃべりしながら和気藹々と歩いていきます。途中、何回か休憩を入れながら、のんびりのんびり歩きます。私は、みんなと違って荷物も軽く、列の2番目を歩いていたので、まったく疲れ知らずでした。しかし、私の後ろを歩いていたでんさんは、慣れないプラスチックブーツの為に、血豆ができて、とても痛そうでした。それでもじっと耐えて歩く姿に、山の男気(?)を感じ、感心してしまいました。
予定では、この日の内に涸沢まで行くはずでしたが、あまりのお天気の良さにみんな昼寝をしたくなってしまい、横尾にて本日の行動は終了。何だか元気が余っちゃっていた私は、ゆうちゃんさんとかぼちゃんさんにおねだりして、ミニミニお散歩隊を結成、食事の前に槍見沢まで往復してきました。そこから見た槍ヶ岳はひょこっと頭だけを出し、遥か向こうにちっちゃく見えるだけでしたが、私の目に映る穂先は、なぜか迫力がありました。 そんなこんなで一日目はあっという間に終わり、ぐっすり眠った私は、心地よく二日目の朝を迎えたのでした。
3.第二日目
今日も、いいお天気!! 朝日に当てられて、残雪の嶺々がキラキラ輝いています。本当にキラキラと音が聞こえてきそうな位です。本日は涸沢のテント場に到着する予定。横尾にはほとんど雪がなかったけれど、今日はいよいよ雪の上を歩くことになります。 朝食後、さっそく出発の準備にかかりました。 ところが、でんさんの血豆の様子が思わしくない・・・。昨日は大豆だったのに、今日はもうエンドウ豆位になっている!!ご本人もやはり痛いようで、結局、でんさんは1人で横尾から下山することになりました。せっかくここまで重い荷物を背負ってやってきたのに、下山しなければならないというのは、でんさんにとって、とても辛いことだったのでは。それでも、みんなに迷惑をかけるからと言って、自ら引き返すことを申し出たでんさんは、やっぱりすごいなと思いました。 でんさんと別れて、私たちもいざ、出発!!
だんだんと雪が多くなってくるのかと思ったら、突然目の前に雪原が現れたので、びっくりしました。 耳を澄ますと、どこからともなく、ゴーゴーと音が聞こえてくるのです。よーく観察していると、その音は、雪原の下を流れている川の流れの音だということが判りました。 『春なんだ、山に春が来たんだ!』 なんだかすごく、晴れやかな気持ちになりました。ところどころ、雪原に穴凹があって、川の流れを見ることが出来ます。そういうところは不安定で、雪の床が崩壊する恐れがあるから慎重に、とカンスケさんから教えてもらいました。遠くから見ると、なだらかそうな斜面も、実際歩いてみると結構キツイ。さらに、『これくらいの雪ならアイゼンは要らない』ということで、滑りそうな足下を気遣い気遣い進むのがまた結構大変なのです。私を除けば、ベテランの皆さんばかり。さすがに足運びがスムーズでした。まるで、コンクリートの道を普通に歩いているみたいに見えてしまうのです。 しばらくすると、もうそんなに遠くはなさそうな所に涸沢小屋が見えて来ました。 少しばかり(ほんとは大分)ヨレヨレになっていた私には、その小屋のたたずまいは、豪華な大聖堂のようでした。が、神の家は、行けども行けども近づいては来ませんでした。そう、近くに見えている小屋は、意外と遠くにあるものなのです!最初、”サクサク”だった足音が、重さを増して、”ザクザク”になってくる。でも、他の4人のメンバーは相変わらずどうってことない感じでした。
涸沢のテント場は超満員。が、なんとか場所を探して、テントを張りました。 キャンプでは何度かテントを設営したことはあったけれど、雪面ではペグも打てないし、どうすればいいのだろう。オロオロするばかりの私を横目に、テントは立派に着々と仕上がっていくのでした。 『雪面にはペグはささらないので、小枝を十字に組んでペグの代わりにするんだ』とカンスケさんに教わり、やってみるけれども、あせってうまくできない。まだまだ森羅に馴染みきれず、緊張してオロオロしている私が、そこにいました。『あ〜あ、山女への道はまだまだ遠いな』思わずため息がこぼれます。が、いつかカンスケさんのような、かっこいいマウンテンレディー(山女という呼び方は、なんかムサい気がするので)になってやるぞ!と決意を新たにするのでした。
テントの設営が済むと、なんだかみんなの顔がほころんでいる様子。そそくさと涸沢の小屋へ急ぐみんなの後をついていくと、そこには冷たいビールがっ!!こんなに雄大な、迫ってくるような山々に囲まれて飲むビールがどんなに美味しいか、筆舌に尽くしがたい・・・。 しばし天国を見た後は、目の前の斜面を使って、雪上訓練。この日のメニューは、
1.雪上歩行(アイゼンなし・アイゼンあり)
2.耐風姿勢
3.滑落停止
4.スタンディングアックスビレイ でした。
どれも、きちんとした訓練を受けるのは初めてです。訓練のなに、ドキドキして、もしやこの斜面から転げ落ちて死んでしまうのでは・・・などと、今考えるとアホかと思えるくらい気弱になっていました。 が、予想に反して、雪はずぶずぶ。滑落停止の練習をしたくても、ピッケルを使うまでもなく、この身をドボンと雪の斜面に潜り込ませて止まってしまうのでした。 訓練と言えば、辛いイメージが先行していた私ですが、この日の訓練はとても楽しく、笑いっぱなしでした。それでも、嫌だ嫌だと思いながら行っているのと比べて、体が自然に、喜んで覚えていくのでした。何だか目まぐるしく、本日のメニューが終了し、またしてもみんなでおでんを摘みつつ、ビールをあけているとき、私にとって 一生心に残る事態が着々と進行していました。
さあ、そろそろ寝ようか、という時、ご自宅に連絡を入れた匡さんから、私の家族に病人がでたらしいということを聞きました。詳しいことは分からないけれど、とにかく家に電話してみる。が、なかなか連絡がつかない。家を出るとき、病気だった家族はいないし、弟が事故にでもあって、重体なのかしらとも考えられるし、不安は尽きない。それでも、今日の所はどうしようもないので、就寝・・・。
3.下山
心配は心配だったけれど、思いっきり動いた為もあって、ぐっすり眠れました。が、目覚めると、やはりそこはかとなく不安が襲ってきます。この時の私の気持ちは複雑でした。家族の誰かに何かあったということが心配だったのは言うまでもないことだけれど、さらに、自分のごたごたのためにみんなの山行を台無しにしてしまうのではないかという心配が、絶えず頭の中をうろうろしていました。努めて平静を装い、なるべく、みんなの山行を続行させる方向に話が進むことを願っていました。 が、その朝の食事時、全員で下山する事に決定しました。天候の悪化もあったとはいえ、私の個人的な事情が無かったら、その日は停滞して、翌日にかけてみることも出来たかもしれない。私が何だか申し訳ない気分になる一方で、匡さんが、いちど下山と決めると、全員が文句も言わず、てきぱきと気持ちよく下山の準備にとりかかります。『森羅でよかったな』と、この時心の底から思えました。下山と決まると、後は一刻も早く東京に帰り着きたい一心でした。そんな私の気持ちを読まれていたのか先頭を行く、ゆうちゃんさんはものすごいスピードで駆け下りていくのです。みんなは駆け下りていくのでしょうが、私はほとんど転がり落ちると言った方がよかったかもしれません。目がまわり、神様が見えかけました。が、おかげで思ったよりも早く上高地にたどり着き、混雑するバスを避けて、タクシーで移動したため、あっというまに松本に到着しました。
松本に到着したところで、やっと、自宅の母と連絡がとれ、義理の父が脳溢血で倒れたということを聞きました。この時は、生きるか死ぬか、五分五分ということで、なんとか生きてほしいと願うだけでした。少し、希望が湧いてきて、帰りの列車では、今回の山行のことを振り返る余裕が出来たほどでした。
この山行では、初めてのことばかりでした。おろおろしたり、うまくいかなかったことも多かったけれど、たったひとつ、終わってみてよかったなと思うことがありました。それは、森羅を心の底から信頼し、大好きになれたことです。家族の病気というピンチに陥ったとき、みんなが見捨てることなく一緒に下山してくれたことで、どんなに励まされたことか・・・。 私が東京に戻ってから一週間後、父は亡くなりました。 自然を愛する優しい人でした。
私が、すばらしい仲間を見つけて、山歩きを楽しんでいることを、きっと喜んでくれていると思います。のん@sinra-011
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